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PSYCHO-PASS(サイコパス)最終回 感想 多数の閲覧ありがとうございます [PSYCHO-PASS サイコパス]

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サイコパスの最終話を視聴後、

感想を4回に渡って書かせていただきました。



あれから一週間、その4記事のアクセスが、累計で3000を越えました!

オォォーーー!! w(゚ロ゚;w(゚ロ゚)w;゚ロ゚)w オォォーーー!!



ブログ開始以来、1記事のアクセスが200を越えることなどなく、

その反響には驚いております。



これもサイコパスの人気の高さを示していると思いますし、

こういった反響が関係者の耳に入り、

続編の制作が決定することを強く望みます。






サイコパスという作品が、我々に問いかけた

「正義とは?」「法とは?」という問題。

そして、「完璧な社会システム」とは何なのか?



もちろん、完璧な社会など、これまでの人類史上、

存在していたことはないのでしょうし、

これからも出現することはないのかもしれません。

しかし、それを模索し続けることの意味は、

現在の我々は真摯に向き合わなければならない。



サイコパスを観終わり、それを咀嚼した今、

そんなメッセージがあの作品にはあったように感じます。






最終話放送から1週間、

「どうしてサイコパスという作品が生まれたのだろう?」

そんなことを考えていました。



シビュラシステムのあるあの世界は、

いくつかの部分においては今の社会の不安を

シビュラによって取り除かれた世界です。



人生設計、犯罪抑止、政治判断はシビュラの

神託の元、厳重にその管理がなされ、

ハイパーオーツにより食料自給率は100%。



直接表現はありませんでしたが、鎖国状態である

ということは、エネルギーも1国で賄える

状態にあるのでしょう。



きっと年金問題などの社会保障システムも、

我々のこの社会よりも充実しているはずです。



「民衆はシステムの末端のみで、それを理解する」

シビュラがそう言っていたということは、

民衆が享受できる公的サービスは、現実のこの世界より

ずっと充実した「完璧な社会」に近いはずです。



そんな理想的な世界であるはずの、あの世界の住人が、

何となく幸せそうに思えなかったのは何故でしょう?

いや、そう描かれていなかったのは何故でしょう?



槙島はその答えを知っていた。

でもそれは、あの社会にとっては、やはり悪。

やり方も間違っていたしね。






「民衆はシステムの末端のみで、それを理解する」

これは、現在の我々の社会でもそうですよね。



高度情報化時代なんていっても、我々はシステム側が発する

情報を鵜呑みにするしかない。



だから、年金問題も原発問題もそれが露呈するまで気が付かない。

それは大丈夫ですよ、安全ですよって言われてましたから、

それを信用しきっていたわけです。



でも、常に人を疑い続けなきゃいけないってのも辛い。

行き過ぎた個人主義は、他者を常に敵対視しなきゃいけないとするなら、

それはもう社会とは言えないんじゃないかとも思いますし。



自分も今「こうだ!」という答えがあるわけではないのですが、

それを考え続けることが大切なんだろうと。



そういう現代社会の問題をディフォルメしたのがサイコパスだったのかな?

そんなふうに考えています。










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